あれは友人の結婚式のために新調したスーツを試着していたときのことでした。店員さんが「後ろ姿も確認されますか」と気を利かせて三面鏡の角度を調整してくれた瞬間、私は我が目を疑いました。そこには、私が知っている自分とは全く異なる、頭皮が丸見えになった哀れな後頭部が映し出されていたのです。普段、洗面所の鏡で見る正面の顔や整えた前髪に満足し、自分はまだまだ若いと思い込んでいました。しかし、自分では絶対に見ることのできない死角で、薄毛という現実は静かに、そして確実に進行していたのです。背筋が凍るような感覚と同時に、これまでエスカレーターや満員電車で後ろに立っていた人たちが、私の頭を見て何を思っていたのかを想像し、恥ずかしさでその場から逃げ出したくなりました。家に帰ってからもその衝撃は消えず、スマホで恐る恐る頭頂部を撮影してみると、照明の下ではさらに地肌が透けて見えるという残酷な事実に打ちのめされました。それからの私は、人の視線恐怖症のようになってしまいました。職場のデスクで仕事をしているときも、後ろを通る同僚の視線が気になり、無意識に頭を触る癖がつきました。風の強い日は髪が乱れて地肌が露出するのが怖く、外出そのものが億劫になりました。薄毛は単なる外見の問題ではなく、私の性格までをも内向的に変えてしまったのです。しかし、落ち込んでいるだけでは髪は生えません。私はこのコンプレックスを克服するために、徹底的に情報を集め、行動を起こすことを決意しました。まず取り組んだのは、現状の正確な把握です。合わせ鏡を使って毎日同じ時間、同じ照明の下で頭皮を観察し、記録をつけることにしました。そして、自己流のケアではなく、専門家の意見を取り入れることにしたのです。私が訪れたのは、薄毛治療を専門とするクリニックでした。医師の診断によると、私の症状は典型的なAGA(男性型脱毛症)で、頭頂部を中心に進行しているとのことでした。しかし、医師は希望のある言葉をかけてくれました。「頭頂部の薄毛は、生え際(M字)に比べて血流が豊富であるため、治療薬の効果が出やすい傾向にあります」と。その言葉は、暗闇の中に射した一筋の光のようでした。私は処方された内服薬と外用薬の治療を開始し、並行して生活習慣の改善にも着手しました。血流を良くするために、シャワーだけで済ませていた入浴を湯船に浸かる習慣に変え、スマホによる首こりを解消するためのストレッチも毎晩行いました。また、髪の主成分であるタンパク質を意識して摂取し、睡眠時間を確保するように努めました。治療を始めて半年が経った頃、いつものように合わせ鏡で確認すると、明らかに地肌の面積が減っていることに気づきました。細く弱々しかった毛が太くなり、密度が増していたのです。それは劇的な変化ではありませんでしたが、私にとっては奇跡のような出来事でした。